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help RSS 産土の浅間神社へご挨拶してきました。

<<   作成日時 : 2010/07/30 14:45   >>

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昨日は私が生まれた土地の産土神社へまず参拝をしてきました。
こちらも雨の中、電車にのんびり揺られ行ってまいりました。
産土神社は、富士浅間神社だと思って訪れましたら、もともとお社のみの神社だったそうで、今ではなくなってしまったとかで、もう1つすぐ近くに浅間神社があるので、そちらまで、てくてくのんびり歩いて行きました。

これがまた、私にとってはとっても!大きな意味のある事だったみたいです。
というのは、てくてく歩いて浅間神社へ向かう経路が、私にとっては非常に思い出深い経路を通る形になっておりまして、数十年(40年?)ぶり位に、まずは私の通っていた保育園の前を通り、そして私の生まれ育った家のあった場所を通らないとならなかったからです。
保育園は移設していたようで跡形も無くなっており、公園に変わっていました。
本当に夢幻のようです。

富士浅間神社がなくなったことで、このような思い出深い経路を廻ることになった訳です。
しかも、今回参拝した浅間神社ですが、すぐ近くの富士浅間神社の「富士」が頭についていたからこそ、私の中で縁があるものとして繋がったのですが、私は神社には無知なゆえ、「富士」が頭についている神社を目にしなければ、浅間神社を、富士山と結びつけることが出来ずに、今回の神社参拝は実現していなかったであろうというのも、大いに意味があります。

そして、私の生まれ落ちた場所であり、育った場所のエネルギーを辿りながら、私は生まれて初めて、産土神社への参拝を許されたのだろうと思います。

神社へ向かう途中、エネルギーが自分が生れ落ちる時の記憶ととても繋がっていくのが分かりました。

エネルギーが高まったところで、参拝が出来たという感じでした。

とても感動的でした。

その神社もとても小さい地味な神社で、お社のみの簡素なものでした。

回りを囲むように、大きな大木が何本か立っており、思わず一番気になる木に手を掛けて話掛けてみました。

まるでその木は、嬉し涙を流してくれているかの様に、上から振り落ちる雨をせせらぎの様に上から流してみせてくれました。

本当に感動的でした。

良く来たね。という声が聞こえたようでした。

この木のエネルギーは本当に偉大でそして澄み切っていました。

私は木の声が聞こえるなどということは、以前ならこんなブログで、とても書けなかったけど、今なら書けます。

何故なら、私は以前、この記事を書いた時に、http://sweets-ukulele-sp.at.webry.info/200612/article_8.html
鎌倉の鶴岡八幡宮へ写真を撮りに行ったのですが、(この時の私は神社には無関心だったので、手を合わせていなかったのですが^^;。。。)
この大銀杏の木は、今では倒れてしまいましたね。。。とても残念な出来事でしたが。。。

この大銀杏を見ていた時、とても苦しそうに感じ、そして、「苦しいよ。。。重いよ。。。」という声を聞いたのです。

でもこの時の私は、気のせいだと思い、別段気にも止めずに忘れていたんです。
ですが、ニュースでこの木が倒れたというのを聞いた時、「あ!あの時の声は気のせいじゃなかったんだ。。。」という事に気付かされたんです。

それ以来、私は、木の声を聞いた時、それは気のせいではなく、木と交流できたのだと思う事にしているんです。


だから今回の産土神社の大木が嬉し涙を流しながら、「良く来たね。」と言ってくれたのも、本当に木と交信できたのだと信じています。


そして1時間以上かけて家路に戻り、すぐ近所の私の守護神社である、厳島神社にもご挨拶に行き、無事家に戻った途端!もの凄い雨が荒れて風が吹きました。

最近では、ことある毎に、意識の大きな節目の度に雨と雷が起きます。


そして今日、箱根神社と九頭龍神社へ行ってきました。
これはまた次の記事で^^

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